“メール送信ボタンを押してすぐ、パソコンの画面を揺さぶった。
「しまった・・・送っちまった」
地元の新居浜市で就職してすぐ、出会い系サイトに登録し、市内に住む二十五歳の彼女の顔写真に一目惚れしてメール送信したが、気安く送信ボタンを押したことを後悔。三十秒前に戻りたいと本気で思った。そして半年前の屈辱を想い出した。あれは東京都内のとあるナンパスポット。
女が欲しくてたまらず、経験もスキルないのにナンパしたのだ。肩をとんとんとたたき、暇なら遊ぼうよと声をかけた。その若くて派手な女は表情ひとつ変えず、汚いものを見るようなクールな目で俺をにらむ。
「もしかしてナンパしてんの? キモいキモい」
近くに知り合いがいたとは思わなかった。女同士でケラケラ笑いながら意味不明なギャル語で会話しながら去る。生意気なヒールの音が胸に響く。知り合いの女が舌足らずな口調で「やばばばばば」と言った。
そのことが胸に引っかかり、コンプレックスになった。女性とまともに会話できず中傷されたことを思い出すたびに自虐的な気分になる。俺は気持ち悪い男なのか。
だから送信ボタンを押したとき、また同じことが起きると予感したんだ。コンプレックスは消えたと思って出会い系にチャレンジしたが、何も消えていなかった。不意に過去を想い出し、悩みがそのまま居残っていることを知る。
画面の向こうから「キモい」という言葉が聞こえてきそうな気がした。むしろ何も反応がない方がいい。俺を無視してくれ。俺に反応するな。送信ボタンを押したそばからそう祈る。
メールが返る。
―やめてくれ。反応するなって言ったじゃねえか―
今度はどんな中傷を受けるのだろう。目を細めてそっと開く。
「会ってもいいよ。暇だから。今度どこか行かない?」
目が点になるとはこのことを言うのだろう。
「俺のことが気持ち悪くねえの? なんでキモいって書かねえの?」
と画面にむかって口走る。
そのとき出会い系とナンパは根本的に違うことを知る。ナンパは相手がすぐそこにいるが出会い系は遠くにいる。この距離感がクッション材になってくれているのだと理解した。
さっそく会う約束をした。
それから会うまでの時間、ネットで女心をつかむためのテクニックを調べた。せっかく会ってくれるんだ。絶対に「キモい」なんて言われないようにしなければならない。数ある情報の中で、俺にできることをメモし、繰り返し読んで頭に入れる。
「親身になって女性の話を聞け。女性はお喋り好きな生き物だ。君は聞き上手になって何でもうんうんと耳を傾けるんだ。そしてその女性のいいところを見つけて持ち上げろ。これで少なくとも嫌われることはない」
暗記するまで読み返した。
結果は上々で、すぐに交際OKが出た。そして三回目のデートでラブホテルに行くことができた。
セックスしているときも、暗記したノウハウが脳裏をよぎる。俺は上の文章をセックス版に翻訳した。
「親身になって女性の身体に奉仕せよ。女性は愛されることが好きな生き物だ。君は愛し上手になってどんな場所でも丁寧に愛撫せよ。そして性感帯を見つけてその部分を攻めろ。これで少なくともセックスで嫌われることはない」
彼女は狂ったように歓んだ。俺はセカンド童貞で挿入してからの時間は短かったけど、愛撫に相当量の時間をかけたので満足してくれたようだ。
この出会い系の経験は大きい。コンプレックスが完全に消えたばかりか、心に新しい引き出しができた。これからもっと経験を積んでノウハウとテクニックを蓄積し、引き出しの多い男になるつもりだ。
出会い系は、コンプレックスをバネに変えてくれた恩人だと思っている。”